24 ブライス NHK 2018年のラジオ放送 

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2018年3月18日 NHKラジオ第二放送 午前6:45〜7:25  

講師 斎藤兆史 東京大学大学院教授 専攻 英語文体論 

「見つめ合う英文学と日本」 

NHK こころをよむ シリーズ 見つめ合う英文学と日本 

 1月7日〜3月25日 全12回

第11回 西洋文学のなかに禅を読んだイギリス人 R.H.ブライス『禅と英文学』

    概要

(1)ブライスは知られていない

   ・・・ジェームス・カーカップ説「とても慎み深く、控えめな人」だから 

(2)禅や俳句の研究 日本を心から愛し、日本に定住し、骨を埋めた。吉村郁久代説

(3)生涯 兵役拒否 ブライスはあまり話さなかった / 天皇人間宣言 英文の隠し味は『天路歴程』との斎藤説 興味深し 

(4)『禅と英文学』超絶した難解さ 全体が禅問答 特に引用の理解は困難。

   斎藤要約「禅も人間の生にかかわるかぎり 英文学にもみられる。」

(5)ブライスの禅は鈴木大拙の禅の定義に忠実

(6)ブライスは戦後の日本人に失望。dignity 人格、尊厳を失った。

 

「日本人が失ったものを指し示しているのがブライス。」斎藤説の川田要約。

 

  補説

 

(1)知られていないことこそ ブライスが真の禅の行者であった証。

(2)晩年のブライスは日本の禅に 印刷物においても公然と  No, thank you.と言っている。そして 俳句から川柳へ関心が移っていた。見舞いに来た鈴木大拙に、病床で「ハワイに移住したい」と語った。大拙は「とにかく病気を治してから」と答えた。同じく見舞いに来た平城時代以来の友人、ブライスを日本に招致した平川氏に、右肩下がりのグラフの線を描いてみせ、グラフはやや安静から急降下、もうだめだ、の認識と読み取れたという。資質がブライスに似ていた(学習院大学の同僚 荒井良雄氏の指摘)長女の春海さんは大学でウクレレを演奏、現在カリフォルニア在住。川田説としては、日本に骨を埋めたのは、ブライスとしては不本意、子供は親の願望の実現者、としたい。斎藤講師はブライスの章 参考文献が吉村系の3冊のみ。ブライス研究は荒井良雄系と上田邦義系もあり 勉強不足。上田系 杉原京子氏のブライス本(岩波から出版)にJapanese Zen, No, thank you.論 詳しい記述あり。禅の精神を誇る将校が戦場での虐殺を能率良くやる話とか・・。私としては 禅と俳句の戦後的ブライス的毀誉褒貶よりも 川柳をブライスの示した方向性でやる という選択です。

 ブライスの考えに価値あり。その到達点は 俳句と日本的禅ではなく 川柳 それも通俗的な川柳ではなく ブライス禅の川柳。

(3)天皇人間宣言の日英文章構造解明は斎藤講師の白眉の業績。

人間宣言「思うに長きにわたれる戦争の 敗北に終わりたる結果、わが国民はややもすれば焦燥に流れ、失意の淵に沈淪せんとするの傾きあり」

英文 We feel deeply concerned to note that consequent upon the protracted war ending in our defeat, our people are liable to grow restless and fall into the Slough of Despond. 

英文川田訳 私はとても心配である。長びいた、敗北に終わった戦争の結果、国民は焦燥にかられ (バニヤン著「天路歴程」の主人公クリスチャンの落ちた)「失意の沼」に沈むことが心配である。

 「天路歴程」ではヘルプなる人物がヘルプを沼から助け出し、その後の様々な苦難を乗り越え天の都にたどり着く。沼 the Sloug of Despond は地名扱い。

 アメリカの新聞の読者は天皇人間宣言を読み「天路歴程」を想起し、天皇と国民が手を携えて敗戦の苦難を乗り越える姿を連想。天皇はヘルプ氏役と読める。

 英文 斎藤解説   we 君主のwe

               the Slough of Despond  アメリカ人なら周知の物語に出てくる地名 かちかち山的地名 失意の沼

(4)ブライスの引用 ゲーテは独文 セルバンテススペイン語 漢文の仏典など

 上記の「天路歴程」の引用の如く 自由自在。疑いたくなるが、終戦直後の被災地を歴訪、日本各地で大歓迎を受けながら国民を激励、復興のシンボルを演ずる昭和天皇を想起するなら、「歴程」ヘルプ役の天皇、は日本的発想ではなくアメリカン発想。

 引用というより禅僧の示す公案

(5)斎藤講師の「ブライスの禅は 鈴木大拙が英文で定義した禅。」は的確な指摘。ブライスはそれによって自由自在に禅を論ずる 。唐代の禅認識か。我々日本人はいろんな禅に出会い、その通俗化した意味合いで受け取っているので、ブライスの明快な禅議論に瞠目してしまう。

(6)戦後のブライスは 禅と俳句 ではなく 川柳を研究。ブライスの川柳本は初版は豪華。当時の日本の出版物と雰囲気が違う。吉田茂首相が出版を秘かに援助していたという説あり。ブライスは有名ではないが、昭和天皇、平成天皇、吉田首相は重要視していた。皇室主催の晩餐会では菜食主義のブライスのための特別メニュー用意。皇后が「菜食で大丈夫ですか?」と聞くと、ブライスは「象も菜食ですよ」と言って、一同大笑い。ブライズで著書のある上田邦義教授が受勲し園遊会に呼ばれた時、平成天皇ブライスの話で盛り上がり、長時間にわたったという。

 

最後に 斎藤講師は「ブライスは戦後の日本人が失ったものを指摘」と語ったが、私はそれでもなお残る日本人のすばらしさこそ ブライス川柳の世界 と言いたい。