28 R.H.ブライスの芸術論

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このブライス長屋の住人の短詩は生活をうたっている。

R.H.ブライスいわく「詩は毎日の生活である」

反対に アリストテレスは「詩人には偉大な主題が必要である」という。シェイクスピアの詩にうたわれているのは、リア王ハムレット王子、オセロ将軍。

ワーズワースの意見はブライスに近く、

『リリカルなバラード』序文で「これらの詩篇で扱われる主な対象は、ごく平凡な生活から選んだ場面や状況である。それらを叙述したり、描写するにあたっては、可能な限り、人々によって使われている言語を用いることにした。と同時に、それらの上にある想像の色づけを施すことによって、あたりまえの事柄を特殊な視点から提供しようというのである。さらにそしてなかんずく、これらの事件や状況の中にあるわれわれの性質の主な法則をこれみよがしにではなく、忠実に追跡することによってこれらの事件や状況を興味あるものたらしめることなのである。」

 そのようなワーズワースの詩句としては・・

 彼女は死んだ、そして私にこのヒースの茂った荒野、この静かな落ちついた光景を残した。

 ありし日の思い出、

 そして二度と再びめぐってこないであろう。

 

 今日、友人の老画伯からメールがあり、「近年亡くなった妻の知人と、かつて一緒に行った所を旅行する(日が君の日本画展覧会と重なる・・)」とのこと。ワーズワースの詩と同じ趣向と思われます。

 

 ブライスは毎日の生活の詩として陶淵明の詩を紹介する。

 読山海経

 孟夏草木長 初夏のころ 草は繁り 植物はどんどん育つ

 家のまわりの木は青葉がいっぱい

 鳥たちは巣の中ではしゃぎ 私も家をこよなく愛す

 土地を耕し 種をまいた。今やっと家に座り、書物を読む時間ができた

 

 ブライス長屋の「めざせ明るい農村」さんも 栄の丸善へよく行って本を買ってるね。

ブライスの議論はさらに続くけど、上記引用の主著『禅と英文学』は翻訳がないので・・・。陶淵明は漢文、ダンテはイタリア語で引用され、禅語も多く訳せる人がいないのです。

 

 家守の意見

 トルストイの『復活』のファーストシーンは、名もない貧しい老人の葬式だったかな。「偉大なる魂の活動がひとつ失われた」。トルストイによれば普通の人の生活にも深い芸術性あり。ラシーヌ悲劇の描く 王女が赤ちゃんを失った嘆きは、普通の子を失った母と同一。ハムレットの快活さ、幡随長兵衛の心意気、私の中にも、あなたの心にもあり。